教室のあるまち・立川を、先生が勝手に語る連載エッセイ。
お稽古の行き帰りが、すこし楽しみになりますように。
お稽古の日の、いつもの道。(イラストはイメージです)
立川のまちのすごいところは、駅から少し歩くだけで、空がひろくなることだと思う。
昭和記念公園の木々は季節ごとに色をかえて、春は桜、秋にはイチョウが金色の道をつくる。
お箏の音の余韻は、静かな場所ほどよく聴こえます。
だからお稽古の帰り、公園のベンチで五分だけぼんやりするのがおすすめ。
さっきまで弾いていた曲が、頭の中でもう一度鳴りはじめたら、それはとてもよいお稽古だった証拠です。
昭和記念公園の奥に、日本庭園があるのをご存じでしょうか。
あの広い広い公園の、いちばん静かな場所です。
入口の門をくぐると、まちの音がすっと遠くなります。
池をぐるりと囲む小道を歩けば、水面に空と松が映って、風が通るたびに景色がゆらりとほどける。
歩くほどに、呼吸がゆっくりになっていくのがわかります。
私はここへ、耳を休めに行きます。
鯉がはねる音、砂利を踏む音、遠くの野鳥の声。
よく聴くと、庭は無音ではなくて、小さな音の重なりでできている——これは、お箏の余韻にとてもよく似ています。
弾き終えた絃の震えが、ゆっくり空気に溶けていく数秒間。
日本庭園に流れる時間は、あの余韻がずっと続いているようなものかもしれません。
お稽古の帰りにはすこし遠回りですが、季節にいちどは寄りたい場所です。
立川駅の北口大通りを歩いていくと、家紋入りの暖簾が見えてきます。
創業から70年近く、この場所で和菓子をつくり続けている「立川伊勢屋」です。
どら焼きにふれると、湯気が立ちます
お目当てはいつも「たちどら」。
ふっくらとした生地に「たちかわ」の焼き印、割ってみるとあんこがぎっしり詰まっています。
じつは私自身はグルテンをひかえているので、これはもっぱら夫へのお土産。
ひとつ買って帰ると、袋を覗きこんで嬉しそうな顔をするのが、こちらまで楽しみになります。
甘いものを頬張る夫を横目に、私はもっぱら香りとあんこの艶を眺める係。
それでも十分満足なのは、きっとお箏と同じで、味わい方はひとつじゃないから、なのかもしれません。
甘いものは、がんばった自分(と、夫)へのごほうびでもあり、次のお稽古への合図でもあります。
今度いらしたときは、ぜひ北口までちょっと足をのばしてみてください。
お稽古の帰り道が、すこし甘くなりますように。
いつか立川のまちなかで、小さな演奏会をひらきたいという夢のはなし。