TEXTBOOK — 第一話
「平調子」って、なんだろう?
調弦のはなし | 読了目安 5分
お稽古は「音を合わせる」ことから
お箏のお稽古は、弾く前の準備から始まります。十三本の絃、その一本一本の音の高さを決めていく作業——これを調弦(ちょうげん)と呼びます。
お箏には、ピアノのように「押せば正しい音が出る鍵盤」はありません。絃の下に立てた柱(じ)という小さな駒を左右に動かして、音の高さを自分の耳で作っていきます。柱を右に動かせば音は低く、左に動かせば高くなる。この「自分で音を作る」ところが、お箏のむずかしさであり、いちばんの面白さです。
いちばん基本のかたち、平調子
調弦にはいろいろな種類がありますが、その中でもっとも基本となるのが平調子(ひらぢょうし)。江戸時代のはじめ、近代箏曲の祖といわれる八橋検校(やつはしけんぎょう)が整えたと伝えられる、いわば「お箏のふるさと」のような調弦です。
「さくらさくら」も「六段の調」も、この平調子で弾けます。下の図の絃にふれると、実際の音が鳴ります。一の絃から順に、ゆっくり聴いてみてください。
平調子の調弦(一=レの場合) ※ 絃にふれると音が鳴ります
聴いてみると、明るいドレミの階段とはすこし違う、どこか懐かしくて、ほんのり切ない響きがしませんか。平調子は半音を含む五音音階(陰音階)でできていて、この響きこそが「日本の音」と感じられる正体のひとつです。
おぼえておきたい
絃の名前は「一・二・三……十」まで数字、そのあとは「斗(と)・為(い)・巾(きん)」。十一、十二、十三と書くと楽譜がごちゃごちゃしてしまうので、昔の人が考えた工夫です。
耳が育つと、音楽がかわる
はじめのうちは、調弦は先生が手伝います。でも少しずつ、「あ、いまの音、ちょっと低いかも」と自分の耳が気づくようになる。そうなったら、もう立派な箏弾きです。
調弦の時間は、心の準備の時間でもあります。一本ずつ音を合わせながら、今日の自分の耳と気持ちを、お箏に合わせていく。お稽古のはじまりに流れるあの静かな数分間を、どうぞ大切にしてください。
TEXTBOOK — 第二話
おことは、
海をわたってきた竜
楽器の歴史のはなし | 読了目安 5分
おことのからだは、竜
みなさんに、ひみつをひとつ。お箏のからだは、じつは「竜」なのです。
お箏の頭のほうは竜頭(りゅうとう)、しっぽのほうは竜尾(りゅうび)、絃が張ってある背中は竜甲(りゅうこう)。昔の人は、この楽器を一頭の竜に見立てました。畳の上に、竜が一頭ねそべっている——そう思って見ると、お稽古場がちょっと冒険の場所に見えてきませんか?笑
さわってみて——竜が鳴きます
千三百年前、船に乗って
この竜がやってきたのは、いまから約1300年前の奈良時代。中国から、遣唐使の船に乗って海をわたってきました。スマホも地図もない時代の船旅です。何日も何日も揺られて日本に着いた楽器の音を、はじめて聴いた人はどんな顔をしたのでしょう。奈良の正倉院という宝物庫には、そのころのお箏がいまも大切にしまわれています。
お姫さまの楽器になった
平安時代になると、お箏はお姫さまたちの楽器になりました。『源氏物語』にも、お箏を弾く場面がたくさん出てきます。月夜の御殿に、絃の音がぽろん、と響く——千年前の夜を、ちょっと想像してみてください。
江戸の天才、八橋検校
そして江戸時代。八橋検校(やつはしけんぎょう)という目の見えない天才音楽家があらわれて、お箏の曲をたくさん作り、いまのお稽古のもとになるかたちを整えました。京都のおみやげ「八ツ橋」は、このひとの名前からきたという説があります。おことの形に似た、あのおせんべいです。
そして、いまへ
お正月にどこからか聴こえてくる「春の海」は、約100年前に宮城道雄というこれまた目の見えない作曲家が作った曲。そしていま、お箏はポップスもゲーム音楽も弾いてしまう楽器になりました。
1300歳の竜は、いまも新しい歌をおぼえ続けています。つぎにその背中の絃をはじくのは——そう、あなたの番かも!
TEXTBOOK — 第三話
お箏を弾く日の、
七つ道具
道具のはなし | 読了目安 5分
お稽古の部屋にあるもの
お稽古の日。お部屋では、お箏のまわりで小さな道具たちが静かに出番を待っています。今日はその顔ぶれを、名前の読み方といっしょにご紹介。名前を覚えると、道具はただの「モノ」から、頼もしい相棒に変わりますよ。
お道具をさわると、名前と音を教えてくれます(ぜんぶで七つ)
主役と、それを支えるもの
まずは主役の箏(こと)。桐の木でできた、全長約180センチのからだに13本の絃が張られています。第二話でお話ししたとおり、からだは竜。その背中に立っている小さな駒が柱(じ)です。「はしら」ではなく「じ」と読みます。柱の位置を動かして音の高さを作るので、お箏の音程はぜんぶこの子たちが支えています。
そして箏をのせる台が琴台(きんだい)。正座で弾くときの低い台です。椅子に座って弾くときは、脚の高い立奏台(りっそうだい)を使います。当教室では正座がにがてなかたも、立奏台で気軽に弾けます。
指先の相棒
箏爪(ことづめ)は、右手の親指・人差し指・中指の3本にはめる爪。爪輪(つめわ)という輪っかを指に通してはめます。象牙色のこの爪が絃をはじいて、あの音が生まれます。じつは流派によって形が違って、四角い角爪と丸い丸爪があるのですが——そのお話は、次の第四話でじっくり。
音の道しるべ
楽譜(がくふ)は縦書きで、漢数字がならぶお箏ならではのスタイル。「七七八」と書いてあったら、七・七・八の絃を順番に弾く合図です。それをのせるのが譜面台(ふめんだい)。
最後にチューナー。調弦(ちょうげん)を取るための機械で、絃の音の高さを目で確かめられる、小さな頼れる審判です。昔は調子笛(ちょうしぶえ)という笛の音を頼りに耳で合わせていました。
ぜんぶ、教室にそろっています
七つ道具、ぜんぶ言えるようになりましたか? 当教室のお稽古は手ぶらでOKなので、買いそろえる必要はありません。でも名前を知っていると、お稽古の景色がすこし変わります。先生の「柱、ちょっと直しますね」がすっと聞き取れたら——あなたはもう、りっぱなお箏仲間です。
TEXTBOOK — 第四話
角爪と丸爪、
ふたつの流れ
流派のはなし | 読了目安 6分
おなじ竜から、ふたつの道へ
第二話でお話しした、海をわたってきた竜——お箏は、江戸時代のはじめに八橋検校が今のお稽古のもとを整えてから、日本中へじわじわと広がっていきました。広がっていく先々で少しずつ違う個性が生まれるのは、言葉に方言が生まれるのと似ています。
その広がりのなかで生まれた大きな流れが二つ。ひとつは八橋検校から約100年後、京都・大阪(上方)で生田検校という人が整えた生田流(いくたりゅう)。もうひとつは、さらに約90年後、江戸(今の東京)で山田検校という人が整えた山田流(やまだりゅう)です。当教室がお稽古しているのは、この生田流。八橋検校の流れをまっすぐくむ、いわば「お箏の本家」にあたる流派です。
おぼえておきたい
「生田流」の生田、「山田流」の山田は、それぞれの流派をはじめた人のお名前です。人の名前が、そのまま流派の名前になっているんですね。
見た目でいちばんわかる違い——お爪
第三話でちらっと予告した爪の話、ここでじっくり。生田流は角がとがった角爪(かくづめ)、山田流は先が丸い丸爪(まるづめ)を使います。
お爪をタップすると、流派が入れ替わります(いま:生田流・角爪)
なぜ形が違うの? 生田流は爪の角を絃に当てて弾くので、体を箏に対して斜め45度に構えます。角がしっかり当たることで、輪郭のはっきりした音が出るのです。山田流は爪の丸い先端を使うので、体は箏の正面。正面を向くことで、いっしょに歌う声が前へ飛びやすくなります。当教室のみなさんが構えているあの角度、じつはちゃんと意味があったんです。
曲にも、それぞれの個性
生田流は、三味線や十七絃などと合わせる合奏や、技巧をこらした独奏曲が得意。みなさんが今お稽古している「さくらさくら」や「六段の調」も、この生田流の代表的な曲です。一方の山田流は、歌をメインにした「歌もの」が多く、語りものに近い雰囲気を持っています。
おなじお箏、ちがう物語
角爪も丸爪も、もとをたどれば同じ竜からうまれたきょうだいのようなもの。今度お稽古で爪をつけるとき、その角ばった形が、三百年ほど前の京都から届いた合図だと思うと、いつもの一音がちょっと誇らしく聴こえてきませんか。